ピアノの和音は、オーケストラで使われる弦楽器や管楽器の和音とは異なります。オーケストラやカルテットで使われる弦楽器、管楽器の和音は、「純正調」と言われる澄んだ和音です。これに対してピアノや、ギター、木琴、ハープなど、あらかじめ音が決まっている楽器は、平均律という音程で各音が調整されていて、和音は純正調に比べて濁った音となります。それは、どの調でも弾けるように、1オクターブを12音(半音を含め)に分け、隣の音との間隔を均等にする「平均律」という手法で音程を調整してあるからです。弦楽器や管楽器は、例えば「ミ」の音でも、メロディーを弾くときと和音を弾くときでは、音が違います。メロディーを弾くときは「平均律」の音程を使い、和音を弾くときは「純正調」の音程を使います。そして、純正調の音程は和音ごとに異なります。弾く和音にあった音程で音をとらなければなりません。純正調で正しく合った音程の時は、音が澄んで聞こえます。これが、バイオリンやチェロなど弦楽器を勉強したり、オーケストラなどで合奏するときに習得しなければいけない大切な技術です。習得すると、体が自然に求める音を出すようになるのです。
純正調は、演奏者の技術に左右されます。澄んだ和音で演奏できるよう技術を磨きます。これにたいして、ピアノなどの鍵盤楽器は、あらかじめ音が決まっていますので変えることができません。この音を決めるのが「調律師」と言われる人です。では、調律師はどうやって音を決めていくのでしょう。
その前に「純正調」の音程と「平均律」の音程の違いを、物理学的に見てみます。
純正調では、下記のように協和音程を構成する2音の周波数比が簡単な整数比になります。
オクターブ(例:ドード) 1:2
完全5度(例:ドーソ) 2:3
完全4度(例:ドーファ) 3:4
長3度(例:ドーミ) 4:5
短3度(例:レーファ) 5:6
長6度(例:ドーラ) 3:5
短6度(例:ミード) 5:8
これに対して1オクターブを均等に12分割している「平均律」は、オクターブを除いて簡単な整数比で表すことができません。
それでは調律師はどのように平均律の音程を作り上げていくのでしょうか。私は以前、ある調律師に調律の理論を教わったことがあります。実はこの時初めて「平均律」の意味を知りました。「純正調」と「平均律」の違いも理解しました。この写真は、その時譲っていただいた「チューニングハンマー」です。調律師はこれでピアノの弦を止めているピンを回して音を調節します。
ひとことで言えば、調律師は、2音を同時に叩いてその唸りを聴いて音を決めています。
ここでは、音名として、ドレミファソラシドの代わりに、英語表記のCDEFGABを使います。Hz(ヘルツ)は周波数の単位です。
音の基準音は、440Hz(最近は442Hzぐらいにすることが多い)のA(ラ)ですが、ピアノの調律の場合は、唸りを聴きやすい220Hz(1オクターブ下のA)を中心とした、F(174.6141Hz)から1オクターブ上のF(349.2282Hz)の間の1オクターブ間の全ての音を完璧に調弦し、これをオクターブの調弦で上下に広げていきます。
調弦の基本は、完全5度と完全4度を調弦する、そして補助的に長3度、長6度で確認します。
まずAと4度上のDを同時に打鍵して唸りが完全になくなる所(純正調完全4度)を決めます。そして、Dを少し上げて唸りが約1回/秒聞こえるように調弦します。これは、この音域での平均律の4度音程は、純正調の4度音程より0.994Hz広いからです。
次にDと5度下のGを同時に打鍵して唸りが完全になくなる所(純正調完全5度)を決めます。そして、Gをわずかに上げます。これは、この音域での平均律の5度音程は、純正調の5度音程より0.663z狭いからです。この周波数の差は場所によって少しずつ異なります。
このようにして、完全5度、完全4度音程で次々に調弦していきます。
A→(上4)D→(下5)G→(上4)C→(下5)F→(上4)A#→(上4)D#
→(下5)G#→(上4)C#→(下5)F#→(上4)B→(上4)E
唸りによる調整は次の規則です。
上4度、下5度 → 完全音程より高めに合わせて唸りを出す
上5度、下4度 → 完全音程より低めに合わせて唸りを出す
さらに長3度、長6度の唸りで確認します。例えば、
F-A(長3度):平均律は純正調より約6.9Hz狭くなるので唸りは約7回/秒
F-D(長6度):平均律は純正調より約7.9HZ狭くなるので唸りは約8回/秒
*なおこの周波数は場所によって少しずつ異なります
このように調律師は、2音を同時に打鍵して、1秒間の唸りの数で、1オクターブ内の12音を完璧に調弦していきます。
このF-F間の全ての調弦が終わったら、1オクターブ上、1オクターブ下へと、同じ音名の音程をオクターブ音程(ぴったりと調和する)で調弦していきます。
調律は、極めて根気のいる作業です。こうすることで平均律の調律が完成します。
また、調律師の仕事は音の調律をするだけでなく、鍵盤の高さやタッチの調整、ハンマーやダンパーの調整、ペダルの調整、古い弦の交換など、ピアノを最良の状態で弾けるよう作業を行います。